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2021.08.01
JR花咲線全通・根室駅開業100周年
2021年8月5日、JR花咲線全通・根室駅開業100周年を迎えます。
今回の花咲線便りでは、100年間の花咲線と根室駅のあゆみを振り返ります。
根室本線(釧路~根室)の鉄道は、1917年12月1日に厚岸、1919年11月25日に厚床、1920年11月10日に西和田まで開通。そして1921年8月5日、根室町民悲願であった終着駅「根室駅」まで開通しました。
根室までの鉄路は、1896年に制定された北海道鉄道敷設法の第1期工事の中に組み込まれてはいたものの、日露戦争、第1次世界大戦の影響もあって進展せず、棚上げの状態になっていた時期もありました。根室までの鉄路を住民は待ち続け、その願いが、ようやく実ったのでした。
自家用車が普及していない時代にあっては、住民の移動手段の主流は鉄道。通学、通勤、旅行、生活のなかに鉄道があり、まさに駅は「まちの拠点」でした。全線開通により、まちの開発も進み、根室の水産、港湾の活況ぶりは道東随一を誇るようになります。
はじまりのころ
当時の根室では、町民待望の鉄道開通と同時に根室港築港の本格着工にあたっての起工式が行われたこともあり、町を挙げての大祝賀ムードで、お祭り騒ぎだった様子が当時の資料から伝わってきます。
開業当初の「根室駅」~「札幌駅」までの所要時間は16時間40分。当時の鉄道は人の移動手段としてだけでなく、駅に荷物を持ち込み運んでもらう荷物輸送としても住民たちの生活に根差していました。荷物には旅客用のきっぷのように荷札チッキ(チケット)が取り付けられる「チッキ便」と呼ばれ親しまれ、約50年前には年間15万個以上の小荷物が根室を行き来していました。
初代の根室駅に関して、当時の根室の権威を物語る逸話が語り継がれています。鉄道の延伸にあたって、すでに設計がされた根室駅舎。ところが地元経済界の有力者が「根室に相応しい、もっと立派な駅舎に」と設計変更させたという話です。こうして一、二等待合室のあるペンキ塗りの初代駅舎が完成したとのこと。その後、駅舎は1959年に改築され、改装しながら現在まで使用されています。
貨物輸送を担った臨港線
1934年に根室港駅が開業。廃止となった1965年まで海産物などの貨物輸送を担いました。
根室駅と根室港駅を結ぶ区間はわずか2.6㎞。宝町、月見町、花咲小グラウンド下を経て海岸町へ至る鉄路は、通称「臨港線」と呼ばれました。取り扱い貨物は、戦前には根室や千島からの鮮魚貝類や蟹缶詰などを送り出し、木材や石炭など千島への生活物資を受け入れました。戦争中は軍事物資が多く、戦後は再び根室で水揚げされた鮮魚貝類を届けました。
しかし、漁獲高の落ち込みや冷凍技術の進歩、輸送形態の変化を受け、1965年に廃止に。現在も残る線路跡が当時の賑わいを偲ばせます。
市民の足として
ちょうど50年前の1971年の市勢要覧に市内各駅の乗客調べが掲載されています。根室駅は年間32万4千88名が利用しています。当時の人口は約4万5千人、自家用車は3・7世帯に1台、市民13人に1台の時代でした。鉄道に頼っていた市民がいかに多かったのかが分かります。
おわりに
花咲線は、道東の大自然を感じることができる日本最東端の鉄路として注目され、さらなる利用促進を図るため、「地球探索鉄道花咲線」として魅力発信の取り組みを進めています。
全通100周年にあわせ今年度、市内の幼稚園・保育園では、園児の皆さんが花咲線に体験乗車する「はじめての鉄道旅。」が行われています。
最近、鉄道を利用をしていないという方。花咲線全通100周年の機会に、鉄路の旅の趣を久しぶりに体験してみてはいかがでしょうか。